目次
ドイツ・スピッツ(ドイツ語: Deutscher Spitz、複数形: Deutsche Spitze)は、ドイツ原産のスピッツ系犬種である。国際畜犬連盟(FCI)は、ウルフスピッツまたはキースホンド、大型のグロスシュピッツ(Großspitz)、中型のミッテルシュピッツ(Mittelspitz)、小型のクラインシュピッツ(Kleinspitz)、そして一般にポメラニアンとして広く知られる小型のツヴェルクシュピッツ(Zwergspitz)の5つのサイズvarietyを公認している。[1][3][4]歴史的に農場の番犬やコンパニオンとして飼われてきたすべてのvarietyは、スクエアな体型、立った耳、そして豊富な首の飾り毛を持つダブルコートを共有している。[1][3][4][5][6][8][9][15]
名称と用語
本犬種グループのドイツ語名はDeutscher Spitzであり、複数形ではDeutsche Spitzeとなる。個々のvarietyは、ウルフスピッツ(ドイツ語圏外ではulvespitz、wolf spitz、あるいはキースホンドとも呼ばれる)、グロスシュピッツ(巨大または大型スピッツ)、ミッテルシュピッツ(中型または標準スピッツ)、クラインシュピッツ(小型または小型スピッツ)、そしてツヴェルクシュピッツ(極小型またはトイ・スピッツ、後者はポマー、ポメラナー、あるいはポメラニアンとも呼ばれる)として知られている。マレー語圏ではこれらをspits serigala、spits besar、spits sederhana、spits kecil、spits kerdilと表現している。[1][2]
中世においては「スピッツ」という概念はまだ存在せず、このタイプの小型の農村の番犬はミストベッラ(mistbella、「肥え溜めで吠える者」)と呼ばれていた。「スピッツ」という言葉が初めて登場したのは、下ライン地方におけるエーベルハルト・フォン・ザイン伯爵の有名な家庭規則(1450年頃の日付)の中であり、そこで彼は召使いたちが互いをSpitzhundtと侮辱することを禁じていた。ここから、当時スピッツはあまり高く評価されていなかったことが推測できる。近代になってからも、キャンキャン吠えるスピッツは口うるさい女性にたとえられてきた。古高ドイツ語においてspizは頂上や山の峰を意味し、spizzaは尖ったもの、スパイク、トゲ、丘を意味していた。この名称は、犬の尖った耳、楔形の頭部、そして先細りのマズルに由来している。旅回りの浮浪者たちは本犬種の優れた警備品質を好ましく思わず、彼らの隠語であるロートヴェルシュから「スパイ」や「密告者」を意味するSpitzelという言葉が派生した。[8][13]
ヨハン・ゲオルク・クリュニッツは1773年の著書『Oekonomische Enzyklopädie』の中でスピッツに言及しており、これはカール・フォン・リンネが「ポメラニアン」という用語を初めて使用した年と同じであった。シュレーバーが1778年にこの犬種を単に「スピッツ」と命名したが、当時のすべての用語は実質的にポメラニアン(canis pomeranus)を指していた。イギリス人のペナントは1781年に英語の「Pomeranian dog」という形式を初めて使用し、ベヒシュタインは1793年の『Getreue Abbildungen naturhistorischer Gegenstände』の中でスピッツについて記述している。ビュフォンは1772年に「ウルフ・ドッグ」(chien loup)について記述し、シデナム・エドワーズは1800年にこれをポメラニアンまたは「フォックス・ドッグ」と名付けた。同様の記述が1804年の『Sportsman's Cabinet』にも見られる。当時、最も一般的な毛色はクリームまたは淡い黄白色で、アンダーカラーはより明るいものであった。白や黒のスピッツも言及されており、パーティーカラーはより稀な変種であった。1867年にガヨによって発表されたフランス語の記述では、白いスピッツは、ウルフカラーの「ポメラニアン・ドッグ」(chien de Pomeranie)と区別して「アルザス・ウルフ・ドッグ」(louploup d'Alsace)と呼ばれている。[8]
ドイツ・スピッツの最も古い名称はポメラニアンであるが、ポメラニア地方が犬種の歴史に繰り返し登場するからといって、すべてのドイツ・スピッツがそこから来たわけではない。ポメラニアはとりわけ美しい白いスピッツの繁殖で有名であったが、それに対して黒いクラインシュピッツはマンハイマーと呼ばれていた。同地域の主として白い牧羊犬は、近年まで文献において「ポメルシャー・ヒューテシュピッツ(Pommerscher Hütespitz)」として知られており、18世紀初頭にはそこで非常に一般的であったため、白い牧羊犬のスピッツはポメラニアに由来するという信条を生み出すことになった。ベヒシュタインはその著書『Naturgeschichte der Stubentiere』の中で、スピッツをいくつかのサブグループ、すなわちハウス・ドッグまたはスピッツ(ハイデフント、ポメラニアン)、短毛のスピッツ、フォックス・スピッツ(ヴィースバーデナー・スピッツ)、およびウルフ・ドッグ(白いスピッツ)に分類した。当時、現在のドイツ・スピッツと呼ばれる犬はとりわけ「ウルフ・ドッグ」として知られており、すべての犬種の中で最も一般的で、特にテューリンゲン州を中心に、田舎のあらゆる村で見られた。古い文献では、ハイデフント(Heidehund)またはハイデフント(Haidehund)としても登場する。これがその起源に関する古い伝承を指すのか、あるいはスピッツタイプの犬を飼い、ハイデン(Heiden)またはハイデン(Haiden)と呼ばれた、彼らが同行した旅の民を指すのかは定かではない。[8]
起源と初期の歴史
ドッグショーの審査員であったクルルは、ドイツ・スピッツはドイツ最古の犬種であり、計画的な繁殖を経ることなく、先史時代のアルプスの杭上住居の時代から現代に至るまで発展してきたと主張した。[9]この説は、南ドイツおよびスイスの杭上住居遺跡でリュティマイヤーが発見した骨の遺物にさかのぼるものであり、これに基づいて愛好家たちはこの犬が少なくとも紀元前3000年にまでさかのぼると信じている。[8]祖先型とされているのは、古代の「ピート・ドッグ」(Torfhund)または「ピート・スピッツ」(Torfspitz)、ラテン語でカニス・ファミリアリス・パルストリス・リュティマイヤー(Canis familiaris palustris Rütimeyer)であり、FCI標準、ロシア国内の犬種クラブ、チェコ、スロバキア、リトアニア、ハンガリー、セルビアの各ソースはすべて、ドイツ・スピッツをその石器時代の犬およびその後の杭上住居スピッツの末裔であり、中央ヨーロッパにおける最古の犬種であり、他の多くの犬種の祖先であると記述している。[1][15][40]
しかし、実際にピート・ドッグを研究した人物はリュティマイヤーではなく、ベルンの教授テオフィル・シュトゥーダーであった。彼によれば、新石器時代の杭上住居遺跡からは、大きさも形も互いに異なるいくつかの異なる犬のタイプが出土しており、最も一般的だったのは、大きさや形態の点で中型スピッツに似た比較的小型の動物であった。このため、リュティマイヤーの用語であるTorfhundはTorfspitzに置き換えられ、研究者たちの目にはヨーロッパにおける最古の血統書付き犬として映るようになった。1901年に犬種の家系図を作成したシュトゥーダーは、ピート・ドッグをすべての現生スピッツ、ピンシャー、テリアの祖先犬と名付けた。この家系図は多くの批判を浴びてきた。なぜなら、古代の犬種は一定の限界された範囲でしか頭蓋骨に基づいて区別できないからである。より詳細な研究により、現代のドイツ・スピッツとピート・ドッグの頭蓋骨と骨格は実際にはかなり異なっており、両者が同等とみなせるほど遺伝的特徴が似ていないことが示された。[8]
ドイツ、スウェーデン、ノルウェーのソースはより率直にこう述べている。スピッツファミリーが先史時代のピート・ドッグに由来するという説は今日では時代遅れとみなされており、ドイツ・スピッツの解剖学的特徴は石器時代のピート・ドッグの骨の発見例に似ているものの、現代のDNA研究により直接の系統を示す証拠はないことが示されている。[21][23]ノルウェー版はさらに、この犬種はドイツ単独というよりもむしろヨーロッパ大陸で発生したと言う方がおそらく正確であり、タイプと品種は別物であるものの、この犬種のタイプ自体は疑いなく古いと付け加えている。本犬種は北欧のスピッツ系犬種と起源を共有していると推測されており、その中にはサモエドも含まれており、おそらくその初期の祖先のひとつであると考えられている。これは2004年5月21日に『サイエンス』誌に発表された遺伝学的研究によって裏付けられており、この研究はまた、特定はされていないものの、少なくとも別の1つの犬種(明らかに牧羊犬タイプ)からの多大な寄与を示している。[18][20]
それでもなお、ドイツ・スピッツは、厳密な意味での品種としてではなく、品種のタイプとして、疑いなく古い起源を持っている。それは犬が飼われていた場所ならどこでも原始的な形で発展し、他のほとんどの犬種よりも長い歴史を持っている。現在ドイツ・スピッツと呼ばれる犬は、古代ギリシャにおいて具体的な概念として登場し、当時のコインや壺には当時のスピッツが描かれている。それらは立った耳、背中にカールした尾、そしてやや長めのコートを持ち、コンパニオンとしての役割を示唆する状況で描かれており、現代であればスピッツと呼ばれるようなものであった。したがって、カールの尾はごく早い段階で発達した。洞窟の番犬モザイク画に描かれた古代ポンペイの犬はおそらくスピッツに相当するものであろう。[8]フランスのソースも同様に、古代および中世の『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』の細密画においてこのタイプをたどり、元のタイプが現在のスピッツ・ルーフ(spitz-loup)に近いものであったと示唆している。[16]
ひとつの説、あるいはむしろ神話によれば、ドイツ・スピッツのルーツは北方にあります。ルートヴィヒ・ベックマンは、スピッツはスカンジナビアから到来し、まずバルチック地方に広がり、そこからポメラニアに広がったと考えました。しかし彼は、ドイツ・スピッツと北方のスピッツの間の明確な違いを認識していませんでした。後者は狩猟に使われていたのに対し、前者は狩猟本能を示さないからです。対照的にリヒャルト・シュトレーベルは、スピッツは中央ドイツから到来し、北方と南方の両方に広がったと信じていました。最も可能性の高い説明は、北半球に広く分布するスピッツの基本的なプロトタイプが存在し、そこから何世紀もの間に局所的な変種が発達したというものであり、これにより様々なスピッツ系犬種の類似した外見的特徴が説明がつきます。[8]他のいくつかの版でも、スピッツタイプの犬がバイキングによってドイツやオランダにもたらされ、サモエド、フィンニッシュ・スピッツ、スウェーディッシュ・ラプフンドの共通の祖先でもあった厚い毛を持つ北極圏またはスカンジナビアの牧羊スピッツの子孫であり、これらの犬が中世の間に北ヨーロッパ全域からイギリスにまで広がったという一般的な説明が繰り返されています。[6][31][39]
中世においてスピッツは最も広く分布した犬種のひとつであり、北ヨーロッパおよび中央ヨーロッパの事実上あらゆる場所で見られました。この人気にもかかわらず、それは庶民の犬とみなされ、そのため当時の芸術で描かれることはほとんどありませんでした。ドイツでは狩猟は貴族の特権であり、もし庶民が狩猟に適した犬を所有している場合、例えば首に太い木の棒を縛り付けるなどして、狩猟に適さないようにしなければなりませんでした。これが、狩猟傾向を持たないドイツ・スピッツが開発された理由です。三十年戦争の後には犬に関する言及は事実上まったく存在せず、ほぼすべての犬が死に絶え、生き残ったものはおそらく食用に行き着いたと推測されます。[8]
農場の犬と地域ごとのタイプ
ドイツ・スピッツは、20世紀に至るまでドイツ全土で一般庶民の犬であり続けました。農民、馬車引き、職人、船乗りを助け、彼らにとっては防犯ブザーであり、信頼できる相棒であり、子どもたちの遊び相手であり、牛の追い立て役であり、ガチョウの群れ番であり、ネズミの駆除役でした。伝統的に、オオカミが家畜と区別できないように白い犬が群れ番として使われ、夜の闇の中で泥棒に見つからないように黒い犬が庭の番犬として使われました。[8]もともとサイズvarietyは大型(gross)と小型(klein)の2種類のみでした。[10]
マンハイマー・スピッツとしても知られるクラインシュピッツは主として南ドイツで繁殖され、グロスシュピッツはラインラントとヴェストファーレンで、ウルフスピッツは黒い森(シュヴァルツヴァルト)とヴェストファーレンで繁殖されました。黒いグロスシュピッツは、南ドイツのワイン産地で特に一般的でした。そこでは昼は農場を、夜は人間だけでなく鳥や捕食者からもブドウ畑を守り、そのことからワインベルクシュピッツ(Weinbergspitz)という名前が生まれました。白いグロスシュピッツは、農場の番犬や羊の群れ番として最もよく仕え、その毛色により農民が夜間や遠くからでもオオカミと区別しやすくなりました。ウルフスピッツもまた、もともとは群れ番や農場の番犬として使われていました。[8]スウェーデンのソースも同様に、白い犬が上流階級の間で最初に流行するようになった一方、黒い犬はヴュルテンベルクに由来すると信じられており、そこでブドウ畑で使用されていたと報告しています。[30]
1886〜1891年頃、白、黄色っぽい毛、ウルフカラー、黒のグロスシュピッツは、馬車の警護をしている姿がまだよく見られました。ジーン・ブンガーツによれば、かつてスピッツはデュッセルドルフ、ケルン、アーヘン地域で最も一般的な犬種であり、その75パーセントがウルフグレーでしたが、彼が生きていた当時(1884年)ですら、優秀で典型的な純血の個体を見つけるのは困難でした。ヨーロッパのスピッツはサンクトペテルブルクからイタリアにいたる広い地域に分布しており、当時これほど広範囲に分布していた犬種は少なかったものの、ブリーダーの数は長きにわたって非常に少なかったのです。[8]1895年のミュンヘン・ドッグショーで審査員のクルルは、ヴュルテンベルクを歩いているときには犬種の優れた代表例をたくさん見たが、ショーで素晴らしい個体を見たのは何年ぶりかであると述べ、犬種を「100メートル離れたところからしか」スピッツに見えない犬に賞を与えている審査員を批判しました。彼は犬種についての自身の観察を総括して、サロンよりも田舎道でよりよく繁栄しているように思われると述べました。[9]
クラブ、登録機関、そして近代的な犬種の形成
19世紀末、大型のスピッツは「ジャーマン・シェパード・ドッグ」の標準化に関心を持っていたフィラックス協会によって扱われていました。というのも、多くの場所で彼らがシープドッグとして飼われていたためであり、一方、小型のスピッツは愛玩犬組織に分類されていました。1899年、ウィーンのチャールズ・カマラーの発起により、ドイツ・スピッツ協会(Verein für Deutsche Spitze)が設立されました。それに続いてスピッツ用の別個の登録簿が作られ、1900年には最初の犬種特徴が記録されました。1905年にはスピッツに関する小冊子が出版され、1908年からはクラブの犬種雑誌が発行されました。1900年以降はドイツ・スピッツのみを審査する専門の審査員が存在していましたが、当時彼らは公式の犬種組織にも所属していなければなりませんでした。会員数は少なく、第一次世界大戦後はさらに激減しました。[9][27]
19世紀後半には、実質的にいかなる宿屋の主人でも自分のテラスでドッグショーを主催することができました。主催者は少額のエントリー料を徴収し、犬を審査して賞を授与する人物が選ばれました。この慣行はあまりに大きな抗議を引き起こしたため、ショーの規則がより詳細に合意されるようになりました。1878年、独自の登録を持たないクラブが頼りにする純血犬繁殖組織が設立され、5つの協会の代表者が集まってデレギールテン・コミッション(Delegierten Commission)が設立されました。同委員会は、イギリス・ケネル・クラブの完全なコピーであるドイツ初の犬種登録簿を創設しました。イギリスの犬種がドイツのものよりも優遇されるのではないかと懸念されたため、1906年にドイツのドッグクラブが自らの組織である、狩猟犬および作業犬種血統書保持専門クラブカルテル(Kartell der stammbuchführenden Spezialklubs für Jagd- und Nutzhunde)を設立しました。同組織は独自の登録簿を維持し、ほとんどのドイツのスピッツ組織が1910年に加盟しました。実質的にこのカルテルは、ドイツ・ケネル・クラブであるドイツ犬種連盟(VDH)の前身でした。[9]
1910年までに、ドイツ・スピッツのためにそれぞれが独自のショーを開催する別個の犬種組織が少なくとも7つ設立されていました。すなわち、ドイツ・スピッツ協会(エルバーフェルト)、ドイツ・スピッツ・クラブ(フランクフルト・アム・マイン)、ベルリン愛玩犬クラブ、初代マンハイム・ツヴェルクシュピッツ・愛玩犬クラブ、ドイツ・スピッツブリーダーおよび愛好家連合(フランクフルト・アム・マイン)、シュトゥットガルト初代ヴュルテンベルク愛玩犬クラブ(E.V.)、そしてルートヴィヒスハ・アム・ライン愛玩犬クラブです。カルテルの初期において、その加盟組織はウルフスピッツ(体高少なくとも45 cm)、大型スピッツ(約40 cm)、小型スピッツ(高々28 cm)の3つのvarietyのみを公認していました。1920年の「カルテル・デー」において、ドイツ・スピッツ協会はついにすべてのドイツ・スピッツに対する登録権を獲得し、同年、総会はガイド犬の訓練をクラブの目的の中に含めました。[9]
国家社会主義体制のもとで、ドッグクラブの再編は急速に進められました。1933年には、カルテルを含めて登録簿を保持していたすべての犬種組織が解散させられることになり、1935年には登録簿を持たない組織も同様に禁止されました。デレギールテン・コミッション、カルテル、および狩猟用作業犬試験協会連合(Verband von Vereinen zur Prüfung von Gebrauchshunden zur Jagd)は統合されて帝国ドイツ犬種連盟(Reichsverband für das Deutsche Hundewesen)となり、犬種クラブはFachschaftenに改称されてその下部に置かれました。第二次世界大戦前におけるドイツ・スピッツ協会の最後の総会は、1936年4月にケルンで開催されました。1939年1月以降、獣医師のミラー博士が雑誌『Der Deutsche Spitz』を編集しました。彼は白、茶、黒のグロスシュピッツの将来のために尽力し、警察および軍用作業犬としてのウルフスピッツの導入も推進しました。[9]
サイズおよび毛色のvarietyの発展
1902年のクラブ会合において、それまでに定義されていた犬種特徴に対する最初の変更が決定されました。ウルフスピッツの定義から「グレー」という言葉が削除されました。なぜなら、もはや個別にグレーのウルフスピッツが存在するのではなく、ウルフスピッツだけが存在するようになり、グレー以外のすべての毛色(例えば以前は許可されていた茶色など)が禁止されたためです。1905年からは、全般的なタイプが損なわれない限り「大きければ大きいほど良い」という原則のもとで、スピッツをより大きく繁殖させることが決定されました。ウルフスピッツは体高少なくとも45 cm、グロスシュピッツは少なくとも40 cmと定義されました。それ以前は、グロスシュピッツは27〜40 cmと定義されており、主に今日のミッテルシュピッツに相当していましたが、当時はまだ公式には存在しておらず、1955年になってもミッテルシュピッツのサイズクラスの提案は却下されていました。1906年7月の会合で、カール・ヴォルフホルツはフォックスレッド、ブラウン、ブルーを毛色として受け入れること、また大型スピッツの中のブチのある個体を毛色の欠点として却下することを提案しました。その後、パーティーカラーを含めてすべての毛色のvarietyを受け入れること、そしてサイズについても、27〜39 cmの犬がそれ以降出展され、入賞することが許可されるよう決定されました(ただしグロスシュピッツと同じカテゴリーで競い合いました)。[9]
ウルフスピッツは、サイズ、毛色、およびその他の特定の点において、他のドイツ・スピッツとは常に明確に一線を画しており、多くの人々はこれが本犬種の中で最も古いvarietyであると信じています。1905年の小冊子では、ウルフスピッツがサイズを除いて主に頭部の形状の点でグロスシュピッツとどのように異なるべきかが描写されましたが、将来に向けては、両者ともにいわゆる「ウルフスピッツの頭部」という統一された頭部の形が追求されるべきであるとされました。[9]1922年にはツヴェルクシュピッツという用語は廃止され、1974年に至るまで、最も小さなvarietyはクラインシュピッツであり、当時は最高体高26 cmでした。1933年には「小さければ小さいほど良いが、障害を持ってはならない」という言葉が犬種標準から削除されました。1936年にケルンで開催された第24回総会において、クラブの代表であるマンガー博士は、ウルフスピッツが大きすぎ、クラインシュピッツが小さすぎするように繁殖されており、それにより彼らはタイプだけでなく特有の気質をも失うことになると懸念を表明しました。この見解は会合でも概ね共有され、また近年では黒と白のグロスシュピッツの品質および頭数の双方が減少していることも指摘されました。[9]
公式なスタンダードが存在する以前から、襟巻き毛の豊かさや尾のふさふさ感といった点に注意が払われていました。スクエアな体型は常に重要視されており、胴長の犬は繁殖不適格とされていました。丸みを帯びたドーム状の頭蓋骨がもともと好まれていましたが、もはやそれは該当せず、ウルフスピッツを除いて、頭蓋骨が平らではない犬は非典型的として却下されました。毛色は非常に多様でした:白、クリーム、ゴールデンイエロー、フォックスレッド、ブラウン、ブルー、グレイッシュ、黒、あるいはブチやパーティーカラーです。しかしグロスシュピッツにおいては、その伝統的な任務に関連していたため、繁殖はすでに白、茶、黒、グレイッシュに集中していました。[9]
1947年9月にケルンで開催された戦後初の年次総会において、オスの最低繁殖年齢がクラインシュピッツは15ヶ月に、グロスシュピッツは18ヶ月に引き上げられました。すべての毛色が許可され、額、胸、足に白い斑点のある単色の犬のみが却下されることが決定され、血統書が閉じられました。血統書管理人のヘラー博士は、ブラウン・グロスシュピッツの毛色の変種を、錆び茶、黄色い斑点のある茶、シナモンブラウン、アンバーイエロー、茶のブチ、赤茶のブチ、オレンジクリーム、ブラウンクリームと記述しており、登録された犬のうち純粋に「ブラウン」として記録されたのはわずか2頭でした。同誌ではまた、鋭敏さのテストについても議論されました。アロン・フォン・デルフレーレ賞が犬種の中で最も鋭敏または硬質な犬に授与されており、ヘラー博士には、外貌だけでなく硬さや性格の確実性が選択基準として使用されるべきであることを求める数え切れないほどの手紙が届きました。ほぼ同時期に、ブラウンシュヴァイクのスピッツ・クラブが愛好家を集めるために地元の新聞に広告を出しました。45人が訪れ、ほとんど全員が加入を希望しました。その中には、血統書や登録証を持たないスピッツ(戦争で失われたものや未登録で生まれたもの)を所有している者もいましたが、血統書が閉じられていたためクラブはそれらを登録することができませんでした。[9]
1955年4月のFCI会議において、ドイツ・スピッツはすべてのFCI加盟国においてドイツの犬種標準に従って審査されることが決定されました。1958年には、異なる毛色同士を交配させることがもはやできないと裁定されました。唯一の例外は黒のグロスシュピッツとウルフスピッツの間の交配であり、「その他の毛色」というカテゴリーは廃止された結果、パーティーカラーや斑点のある犬は著しく減少しました。それ以降、すべてのvarietyにおいて単色の白、オレンジ、ブラウン、グレー、ブラックのみが許可されました。その目的は、特定の毛色の継続的な希薄化を防ぐことでしたが、特にすでに小規模であったグロスシュピッツの個体数を考慮すると、それは行き過ぎたものでした。1965年にグロスシュピッツとウルフスピッツは分離され、両者の間の交配はもはや許可されなくなりました。それまで、第二次世界大戦の頃には両varietyは比較的頻繁に交配されていたため、ウルフスピッツがグロスシュピッツの腹から生まれることもあればその逆もありました。この新しい制限によりグロスシュピッツは絶滅の瀬戸際に追い込まれました。なぜなら、その繁殖にウルフスピッツをもはや使用できなくなったからです。[9]
グロスシュピッツの個体数が激減した第2の理由は、不適切な訓練と、典型的なスピッツの気質に対する理解の不足でした。1968年のスイスでは、国内の数少ないグロスシュピッツのうち自然死したのはわずか1頭で、残りはすべて射殺されました。白い犬のグイド・フォン・デル・ノリスシャンツェは、不十分な社会化のために怖がって噛み癖がついてしまったため飼い主の要望により安楽死させられ、フローラ・フォン・デル・ノリスシャンツェとその息子は飼い主が長期入院したために安楽死させられました。[9]
1969年、ミッテルシュピッツのvarietyが公式に承認されました。なぜなら、数十年間にわたって体高28〜40 cmの範囲の公式なサイズクラスが存在していなかったためです。承認は以前は財政上の理由から失敗していました。毛色が個別に審査されるため、4番目のvarietyにはドッグショーで合計40のクラスが必要となり、すべてのクラスの勝者に賞金が授与される必要がありましたが、クラブにはそれが賄えなかったのです。新しいサイズクラスは、大きすぎるクラインシュピッツにのみ適用され、ミッテルシュピッツの繁殖から除外された小さすぎるグロスシュピッツやウルフシュピッツには適用されませんでした。ミッテルシュピッツのみが使用され、その子犬はクラインシュピッツとして登録され、クラインシュピッツとしてはまだ大きすぎる場合にのみミッテルシュピッツのカテゴリーに移行されました。この慣行は6世代にわたって維持されました。[9]
1969年から1979年の間に、ドイツ・スピッツは、当時はシープドッグ、警備犬、保護犬から構成されていたFCI第2グループと、愛玩犬およびトイ・ドッグの第9グループの間で何度も移動させられました。1969年、ドイツ・ケネル・クラブはFCIのショー規則のためにすべてのvarietyに対して単一のグループを定義しなければならず、その問題を犬種クラブに委ねました。クラブの理事会は1969年7月に、古代からコンパニオンとして役立ってきたことなどを理由に、愛玩犬およびトイ・グループに配置するのが最適であると決定しました。ブリーダーや愛好家たちは愕然とし、その対立のために1970年5月の会合で犬種を第2グループに戻すことが決定されました。当時、それは4つのvariety(すべての毛色のグロスシュピッツ、ウルフスピッツ、すべての毛色のミッテルシュピッツ、すべての毛色のクラインシュピッツ)から構成されていました。長年の論争の末、本犬種は結局再びトイ・グループに属することになり、それがその作業能力に疑問を投げかける原因となりました。最終的に1990年、スイスのキノロジストであるハンス・レーバー博士がFCI第5グループ(スピッツおよびプリミティブ・タイプ)を創設し、本犬種はずっとそこに配置されています。[9]
1922年に廃止されたツヴェルクシュピッツという名称は、ポメラニアンをドイツ・スピッツのスタンダードに含めるために1974年に復活しました。この変更はクラブ総会の決定なしに理事会の決定のみで行われ、おそらくドイツ・ケネル・クラブからの圧力によるものであり、その結果FCIのスタンダードが拡張されてツヴェルクシュピッツまたはポメラニアンのvarietyを網羅することになりました。クラブは、ポメラニアンという外国のタイプが純血ドイツ・スピッツの毛色要件を満たしておらず、その頭部の形や気質がドイツのツヴェルクシュピッツのものと異なることにすぐに気づきました。非典型的な高い尾の持ち上がり、アップルヘッド、短いマズル、短い顎もまた、輸入犬の典型的な欠点でした。一部の輸入犬は18ヶ月で繁殖することができず、多くのメス犬が帝王切開を受けなければなりませんでした。これらの理由から、1987年にポメラニアンを独自のスピッツ犬種として登録する申請がなされました。これは実際にはヴォルピーノ・イタリアーノや日本スピッツのように、独立した外国犬種として分類することになるものでしたが、その目的のために設置された委員会は合意に達することができませんでした。代替案として理事会は、ツヴェルクシュピッツとクラインシュピッツを単一のvarietyに統合して遺伝子プールを広げることを提案しましたが、この提案は1990年の総会でほとんどのブリーダーや愛好家によって却下されました。[9]
1994年、キースホンドがウルフスピッツのスタンダードに組み込まれました。ドイツ・スピッツの犬種クラブはキースホンドの個別スタンダードに反対したため、FCIはキースホンドをウルフスピッツの定義内に収容しなければならないと決定しました。クラブもこれに不満を抱き、キースホンドを純粋にショー・ドッグであり、古いウルフスピッツ作業犬種の完全な対極であるとみなしていました。その理事会には、ウルフスピッツが中央ヨーロッパにのみ存在し、世界の他の場所ではキースホンドであるということを受け入れるよう要求するスウェーデンやフィンランドからの手紙が届きました。北欧のブリーダーや犬種クラブの発起により、キースホンドはウルフスピッツと並んで存在するオランダの犬種としてFCIに登録される予定でしたが、直接影響を受けるオランダのスピッツ組織には全く知らされませんでした。キースホンドのスタンダードはすでに起草されていましたが、プロジェクト全体が中止され、様々な組織の代表者が全員にとって受け入れやすい妥協点を見つけるために集まりました。共通スタンダードに対するFCIの主な理由は、ウルフスピッツとキースホンドの理想的なタイプの類似性と、共通の祖先ストックを持ち、歴史の過程で頻繁に交配されてきたというその密接な関係でした。その結果、ウルフスピッツの最高体高は60 cmから58 cmへと2 cm下げられ、ウルフスピッツ特有のキツネのような頭部に加えて、キースホンドのやや丸みを帯びた頭部がスタンダードに含まれました。[9][12]
1958年に課された単色純血繁殖の組み合わせ、1965年のウルフスピッツとグロスシュピッツの分離、1969年のミッテルシュピッツ・クラスと1974年のツヴェルクシュピッツ・クラスの創設、そして1974年に導入されたサイズ間交配の禁止は、すでに非常に限られていたグロスシュピッツの遺伝子プールをさらに狭めました。1970年代までにこのvarietyはほとんど絶滅し、最後残された犬たちは高い度合いの近親交配によってのみ繁殖することができました。1950年代や1960年代には年間約30頭の犬がまだ登録されていましたが、1973年にはわずか1頭の子犬しか登録されず、登録数が再び年間30頭を超えるようになったのは1980年代末になってからであり、世紀末には再び約20頭にまで落ち込みました。1997年から1999年の間には、ドイツで黒のグロスシュピッツは1頭も登録されませんでした。1994年にはフォン・デル・ケステルブルク犬舎で最後のブラウン・グロスシュピッツの腹が生まれ、その後ブラウン・グロスシュピッツは事実上絶滅しました。ブラウンの犬は2007年になってようやく戻し交配を通じて再出現しましたが、依然としてかなり稀な存在です。[9]
ひとつの犬舎、特にウィリー・ヴィンツハイマーのフォン・デル・ノリスシャンツェ犬舎は、白のグロスシュピッツを復活させたことで有名になり、このvarietyを世間の注目を集めることに成功しました。彼は異常に大きなグロスシュピッツを繁殖させました。ユトレヒトの国際ショーでオランダ人の審査員が、サモエドとドイツ・スピッツの交配種と勘違いして失格すれすれの評価を下したものの、その犬はすでにその時点までにワールド・ウイナーのタイトルを獲得していました。2002年、2頭のアメリカン・エスキモ・ドッグのメスがアメリカ合衆国からドイツに輸入され、グロスシュピッツの繁殖に使用されました。ドイツ・スピッツ以外の犬種がアメリカン・エスキモ・ドッグの背後にあるものの、この2頭の輸入犬は白のグロスシュピッツの個体群へと直接移行されました。2003年、白いメスのビュフィー・フォン・シュタイガルテンと黒い犬のブリット・ズ・ブラチスラヴィーの間のグロスシュピッツの腹がフォン・デン・フィデレン・プフォテン犬舎で生まれました。これは1958年以来ドイツ・ケネル・クラブに登録された最初の毛色交配の腹であり、3頭の黒いオス、グレーのマーキングを持つ1頭の黒いオス、そして白いマーキングを持つ1頭の黒いメスから構成されていました。2019年以降、特定の条件下で再び毛色を交配することが可能となり、サイズvarietyの交配も再び許可されるようになりました。主にグロスシュピッツとミッテルシュピッツ、そしてミッテルシュピッツとクラインシュピッツの間で行われています。[9][29]
他国における歴史
オーストリア
第一次世界大戦前、ドイツ・スピッツはオーストリアで最も人気のある犬種でした。それは主にドッグクラブの枠外で、主として黒やパーティーカラーで繁殖されました。しかし1918年以降、他の犬種に押されて勢力を失い始めました。それとほぼ同時期にツヴェルクシュピッツの体系的な繁殖が始まりました。というのも、都市化に伴い、大型犬よりも小型犬を飼う方が楽であると感じられたためです。ドイツ・スピッツ協会の創設者の一人であるチャールズ・カマラーは、オーストリアにおける本犬種の重要なパイオニアであり、一流の黒いツヴェルクシュピッツで知られていました。彼の死と第二次世界大戦を経て、オーストリアにおけるドイツ・スピッツの繁殖は多くの挫折を味わいました。グロスシュピッツは、最後の個体である黒のオスのG'spenti v. Gudeの死後、国からほとんど完全に姿を消し、クラインシュピッツにも同じ運命が待ち受けていました。クラインシュピッツについてはドイツ出身の黒い種牡犬が1頭残るのみでした。オーストリア・スピッツクラブの代表であるリンハルト夫人は、最終的にドイツのブリーダーとの協力が継続され、クラインシュピッツがオーストリアで再確立されることを確実にしました。[9]
スイス
20世紀の転換期、ドイツ・スピッツはスイスにおいて、とりわけ山の農民の間で比較的人気となり、当時は一般にヴォルフスフント(Wolfshund、「ウルフ・ドッグ」)と呼ばれていました。スイス・スピッツクラブの議長であるジュール・ホフマンは、山の農民たちがかつて犬をより攻撃的で鋭敏にするために、自分のスピッツを山のキツネと交配させていたと主張しました。当時スイスでは主にグロスシュピッツとクラインシュピッツが繁殖されていましたが、両方の世界大戦によりドイツ・スピッツの繁殖はほぼ完全に終焉を迎えました。戦後、スイス人が再びドイツ人を信頼し、彼らとの協力を再開するまでには約10年の歳月がかかりました。[9]
イギリス
ポメラニアン・スピッツは18世紀という早い時期にイギリスに輸出され、そこで徐々に現代のポメラニアンへと発展しました。[8]トマス・ゲインズバラは18世紀にドワーフ・スピッツを描きましたが、小型のスピッツ(当時はloulou de Poméranieと呼ばれていた)がイギリス宮廷でパグに取って代わったのは、19世紀初頭のヴィクトリア女王の治世中のことでした。[17]ノルウェーのソースは、ポメラニアンを19世紀にイギリスのブリーダーによって作られ、その起源が推定されるポメラニアにちなんで名付けられたクラインシュピッツのより小さな変種であると記述しており、ヴィクトリア女王がそれを知らしめ、人気にしたと称賛しています。ドイツの犬種として数えられているものの、その小さな犬を洗練させ、さらに発展させたのはイギリス人でした。近年のより小さな犬を求める努力により、そのサイズはさらに縮小しました。かつては約3.5 kgの体重が普通でしたが、今日では約2 kgの方がより一般的です。[18]日本のソースは、19世紀にドイツからイギリスに輸出されたミッテルシュピッツがそこで小型化され、元のポメラニアンに最も近いその結果生み出された犬が、ビクトリアン・ポメラニアンという名称も担っていると付け加えています。この名称はペルシャ語版でも、ポメラニアからイギリスに到達し、現代のポメラニアンの祖先となったドイツ・スピッツについて報告されています。[41]ドイツ・スピッツは1984年にイギリスのケネル・クラブによって公式犬種として公認され、そこではユーティリティ・グループにドイツ・スピッツ(クライン)およびドイツ・スピッツ(ミッテル)として登録されています。[9]
フランス
フランスにおけるスピッツの人気は、20世紀初頭におけるそのイメージの失墜を伴っていました。知られていたのはドワーフvarietyのみであり、loulou de Poméranieあるいは単にloulouという名称でした。パリでは、すべての管理人の管理人室には建物の見知らぬ人の存在を警告するloulouがいるものと期待されていたことから、chien de concierge(「管理人の犬」)というあだ名が付けられました。フランスでは、その他のvarietyのスピッツは、ミッテルシュピッツとクラインシュピッツについては1935年に、スピッツ・ルーフについては1937年に、そしてグランド・スピッツについては1986年に初めてフランス血統書(Livre des Origines Français)に登録されました。[17]ノルウェー版によれば、最初の犬種クラブは1935年にフランスで設立され、犬種標準は1990年のものです。[18]20世紀初頭、多くの白いスピッツがフランスに輸出されましたが、そこで不幸にもサモエドと交配させられました。これらの交配の結果のひとつであるプリンス・ルルは、フランスのコンフォメーション・チャンピオンのタイトルさえ獲得しました。[8]
アメリカ合衆国
19世紀初頭、ドイツからの移民がグロスシュピッツをアメリカ合衆国に持ち込み、そこでアメリカン・エスキモ・ドッグが彼らから発展しました。現代のアメリカン・エスキモ・ドッグはドイツ・スピッツにかなり似ていますが、狩猟本能を含むこともあるやや異なる気質を持っています。[9]ポーランドおよびスウェーデンのソースも同様に、アメリカに持ち込まれたスピッツにアメリカン・エスキモ・ドッグという名称が与えられ、その遺伝的基盤を広げるためにドイツ・スピッツに掛け戻されてきたと記録しています。[29][36]アメリカ合衆国において、ドイツ・スピッツはアメリカン・ケネル・クラブのファウンデーション・ストック・サービスに記録されています。[1]
日本
1970年頃、ドイツ・スピッツが大量に日本に輸出されました。古い雑誌では、日本スピッツは「ジャパニーズ・グロスシュピッツ」とも呼ばれていました。おそらく第二次世界大戦のために「ドイツ・スピッツ」という名称が避けられたためであり、それが日本人がサモエドからこの犬種を発展させたと主張した理由です。しかしながら、ドイツ・スピッツ、具体的にはグロスシュピッツがその背後にあることは確実です。[9]日本語版は、ドイツ・ミッテルシュピッツが日本スピッツの祖先であるという主張には輸入経路にいくつかの矛盾があり、競合する多くの説明が存在するため、その祖先関係はしっかりと確立されていないと指摘しています。1988年以降、ドイツ・スピッツの犬種クラブは関連する日本スピッツの犬種クラブとしても機能しており、ドイツ初の日本スピッツの腹は1990年9月にフォン・デル・ベーマーヴィース犬舎で生まれました。[9]ミッテルシュピッツは2004年に日本に輸入され、2005年にジャパン・ケネル・クラブに登録されました。[41]
オランダとキースホンド
被毛の色からヨーロッパの他の地域ではウルフ・スピッツと呼ばれるキースホンドは、18世紀にオランダの王室であるオラニエ=ナッサウ家に対して反乱を起こし、後に祖国で英雄のようなステータスを獲得したオランダ人コルネリス(キース)・デ・ギセラールにちなんで名付けられました。彼は自分の紋章にキースホンド、あるいはそれに似た犬を持っていたと言われています。彼は王室との闘いに敗れ、それが原因でこの「品種」は100年以上もの間ほとんど姿を消すことになったと言われています。それは19世紀に再出現し、そのときオランダとイギリスの両方でそれを蘇らせるための繁殖プログラムが開始されたため、品種としてのこれらの犬の年代測定は、varietyがはるか昔にさかのぼる祖先を持っているにもかかわらず、その時期に行うのがおそらく正しいでしょう。キースホンドはFCIによってドイツのものとして公認されていますが、オランダの国民的犬です。[18]
チェコ共和国
チェコ共和国では、1988年から2003年の間に海外でそうであったように、ブラウン・グロスシュピッツはまったく存在しませんでした。2014年以降、1頭のブラウンの個体が国内に存在し、2017年には、このvarietyの非常に狭い遺伝的基盤を広げるために実施された、ウルフグレーのメスと黒のオスの実験的交配から2頭のブラウンのメスが国内で生まれました。黒および白のvarietyも同様に消失の脅威にさらされており、ブリーダーたちはそれらを救おうと試みています。チェコ共和国では2つのクラブがドイツ・スピッツをカバーしています。1967年に設立されたシュピッツ愛好家クラブ(Klub chovatelů špiců)と、2020年に設立されたドイツ・スピッツ愛好家クラブ(Klub chovatelů německých špiců)です。犬が繁殖に認められるためには、獣医学的スクリーニングを受けなければならず、ウルフスピッツとグロスシュピッツの場合は股関節異形成のスコアリング、その他のvarietyの場合は膝蓋骨脱臼の検査(両方とも承認された獣医師による)を受け、ボニタッセ(bonitace)と呼ばれる場で、繁殖顧問、国際コンフォメーション審査員、クラブ委員会メンバーからなる委員会に提示されなければなりません。委員会は、犬がスタンダードに適合しており、失格となる欠点がないかを評価します。[40]
北欧諸国とバルト海地域
ポメラニアンは第一次世界大戦前にノルウェーに到達し、それ以来そこで人気の犬となっています。[18]スウェーデンでは、本犬種はスウェーデン・ドイツ・スピッツ・クラブ(Svenska Klubben för Tyska Spetsar)およびスウェーデン・スピッツ・原始犬クラブ(Svenska Spets- och Urhundklubb)傘下のキースホンドリンゲンによってカバーされています。グロスシュピッツとミッテルシュピッツは、2003年以来、本犬種の祖国において危急種に指定された家畜遺伝資源として扱われています。[29]フィンランドでは、2024年にドイツ・スピッツのvarietyの中でクラインシュピッツが最も多く登録され、次いでミッテルシュピッツ、ポメラニアンの順となりました。キースホンドも、最も稀少なvarietyであるグロスシュピッツとは異なり、最も人気のある100犬種のリストにランクインしました。[14]リトアニアでは本犬種は人気がなく、2003年の数値によれば、リトアニア・ケネル・クラブには約20頭のクラインシュピッツとツヴェルクシュピッツが登録されていました。
外貌
ドイツ・スピッツは、長毛でダブルコートのスピッツ系犬種であり、その5つのvarietyはサイズが大きく異なります。体はスクエアに収まり、体高と体長の比率は1:1であり、全体の輪郭は、高く付けられ、しっかりと背中に巻き上げられて部分的に覆う、豊富な房状の尾によって締めくくられています。体はコンパクトで、深くよく発達した胸、短くまっすぐな背中、わずかに巻き上がったアンダーライン、そして幅広で短く強力な腰を持ちます。首は中程度の長さで皮膚は引き締まっています。前肢はまっすぐで骨量が良く、後肢は非常に筋肉質でホックまで豊かな毛に覆われており、まっすぐ平行に立っています。足は小さく、指は詰まっています。[1][3][15]
頭部は中程度の大きさで楔形をしており、キツネを連想させます。幅広で丸みを帯びた額、鼻先に向かって先細るが尖ってはいない中程度の長さのマズル、そして小さく、三角形で、高い位置にあり、近くに配置された立った耳を持ちます。目は中程度の大きさで、暗色、アーモンド形であり、鼻と唇は黒色、または茶色の犬ではダークブラウンです。顎はよく発達しておりシザーズ・バイトです。レベル・バイトも許可されており、ミッテルシュピッツ、クラインシュピッツ、ポメラニアンにおいては一部の小臼歯の欠損が許容されます。イタリア版は、鼻は常に黒くなければならず、歯並びは完全かつ正しくなければならないと強調しています。[1][15][37]
被毛は、長く、まっすぐで、体から離れて生えるオーバーコートと、短く厚い木綿のようなアンダーコートからなり、ウェーブしたり、カールしたり、ボサボサしたりしません。ダブルコートは頭部、耳、脚の前側、足には覆われておらず、これらは短く密集したビロードのような毛をまとっています。一方、首には印象的なたてがみのような襟巻き毛があり、後肢にはよく発達したズボン状の毛があります。冬になるとアンダーコートは密度が高く、柔らかく、非常に高い断熱性を持つようになり、体から離れて生えるオーバーコートは、実際の大きさよりもかなり大きなボリュームを犬に与えます。[1][3][4][18][19]
ドイツ・ケネル・クラブの毛色の分類では、白、「古い毛色」の茶と黒、「新しい毛色」のオレンジ、グレーシェデッド、そして「その他の毛色」が区別されています。最後の用語は、クリーム、クリームセーブル、オレンジセーブル、ブラック&タン、ブラック&ブラウン、ブラック&シルバー、およびパーティーカラーを網羅しています。パーティーカラーの犬は白い地色を持たなければならず、その斑点はスタンダードに挙げられている毛色のいずれか一色で均一であり、できれば全身に分散しているべきです。黒い犬は白やその他のマーキングのない黒いアンダーコートと皮膚を持たなければならず、茶色はダークブラウンでなければならず、グレーシェデッドは黒い毛先の銀灰色でなければならず、白はいかなる黄色の色合いもあってはなりません。[1][15]
イタリアおよびリトアニアのソースが挙げる頻繁に見られる欠点には、体高が高すぎる犬、不適切な動き、欠陥のある後部、歯並びの欠陥、単睾丸および潜伏睾丸、キツネに似ていない頭部、悪く掲げられた耳、色素の抜けた鼻、明るい色の爪、明るい色の目、過剰または不十分な角度付け、臆病な気質、肥満が含まれます。リトアニア版はさらに、平らまたは丸い頭部、非常に大きく飛び出た目、明るい色の鼻革、唇、まぶた、背中に乗っていない尾、ウェーブのかった被毛を付け加えています。[37]
variety
FCIスタンダードは5つのサイズvarietyを定義しており、それぞれに許可された毛色があります。ドイツおよびロシア版では、体高はウルフスピッツ/キースホンドが49 ± 6 cm、グロスシュピッツが45 ± 5 cm、ミッテルシュピッツが35 ± 5 cm、クラインシュピッツが27 ± 3 cm、ツヴェルクシュピッツ/ポメラニアンが21 ± 3 cmであるとしています。一方、フランスおよびチェコ版は、スタンダードのより古いバージョンに従い、49 ± 6 cm、46 ± 4 cm、34 ± 4 cm、26 ± 3 cm、20 ± 2 cmとしています。北欧、ポルトガル、ポーランドの各版は、対応する範囲を43〜55 cm、42〜50 cm、30〜38 cm、23〜29 cm、18〜22 cmと引用しています。体重は、varietyのサイズに対応することのみが求められます。[1][3][15][32][34]
ウルフスピッツまたはキースホンドは最大のvarietyであり、犬種標準によれば体高約43〜55 cmで、その被毛は黒いマスクを持ち白いマーキングのない、黒い陰影を伴う銀灰色です。カナダ、イギリス、アメリカ合衆国を含む一部の英語圏の国々では、キースホンドとドイツ・ウルフスピッツは2つの別個の犬種として分類されており、ドイツ・ウルフスピッツの体重範囲が約27〜32 kg、キースホンドが25〜30 kgであるのに対し、他のソースではvariety全体として15〜20 kg、あるいは約20 kgであるとしています。[1][4][32]
ジャイアント・スピッツまたはグロスシュピッツは中型の犬であり、通常17〜18 kg、ブラジルのソースによれば15〜20 kgであり、その毛色は白、黒、または茶色です。黒および茶色の犬は、胸、足、尾の先端に白い斑点を持つことがあります。ポルトガル版は、被毛の点でキースホンドとは異なることに言及しており、ドイツのソースは、これを優れた家の番犬およびコンパニオン犬であり、キツネの尖ったマズルと中程度の長さの柔らかく密集した毛を持つ、コンパクトに構築された犬であると描写しています。[1][4][5][32]
ミディアム・スピッツまたはミッテルシュピッツは通常約7〜12 kgの間であり、英語のテキストでは10.5〜11.5 kg、Fogleベースのインボックスでは11〜12 kg、ポーランドのソースでは11.3 kg、ポルトガル版では5〜10 kgであり、毛色は白、黒、茶、オレンジ、グレーシェデッド、あるいはこれらを混合したものを含むその他の毛色であり得ます。日本語版によると、他のvarietyとは異なり、そのオーバーコートは硬く細いのに対し、アンダーコートは他のvarietyと同様に柔らかく、毛色と同じ色のアイリムと鼻を持つブラウンやチョコレートの犬が特に好まれると述べています。また、ミッテルシュピッツは大きすぎず極端に小さすぎもしないため、ドイツ・スピッツ・グループの中で比較的人気があると付け加えています。[1][4][34][41]
ミニチュアまたはスモール・スピッツ(クラインシュピッツ)は小型の犬であり、通常3〜5 kgですが、Fogleベースのインボックスでは8〜10 kg、日本のソースでは4〜6 kg、ポーランドのソースでは3.1 kg、ポルトガル版では5〜10 kgとなっています。その毛色は白、黒、茶、オレンジ、グレーシェデッド、その他の毛色であり得ます。日本語版は、その耳が現代のポメラニアンのものとは形状がわずかに異なっており、丸みを帯びているが広葉樹の葉の先端のように尖った先端を持っていると描写しています。[1][4][34][41]
ポメラニアン、ドワーフ、またはトイ・スピッツ(ツヴェルクシュピッツ)は最小のvarietyであり、体高18〜24 cm、通常体重1.4〜3 kgであり、他の版では2〜3 kg、1.9〜3.5 kg、1.0〜3.5 kg、および約3 kgという数値が挙げられています。その毛色は白、黒、茶、オレンジ、グレーシェデッド、その他の毛色であり得ます。近年では、1.9 kg未満のいわゆるティーカップ・ポメラニアンというさらに小さな変種が出現していますが、主要な血統書登録機関によって別個のvarietyとしては公認されていません。[1][4][18][32][35]
日本語版では、グループが5つではなく6つのサイズタイプから構成されているとしており、クライン・シュピッツと、ポメラニアンと改名されたツヴェルク・シュピッツの間に、パーティーカラーのみの約21 cm、1.7〜2 kgのジャーマン・トイ・シュピッツをリストしています。かつてはどちらがポメラニアンという名称を名乗るべきかをめぐる論争があり、ツヴェルク・シュピッツにその名前が与えられたとき、もう一方の犬がトイ・シュピッツという名称を受け取り、ウルフスピッツを除いて英語名を持つ唯一のドイツ・スピッツのvarietyになったと指摘しています。同版によれば、グループの専門的な分類は多様であり、多ければ10、少なければ4つの階級で与えられており、FCIはトイ・シュピッツを除外して5つのvarietyを公認しています。クライン・シュピッツとポメラニアンの間のギャップをどのように解消するかは決定されておらず、トイ・シュピッツが暫定的にそれを埋めており、トイ・シュピッツの愛好家たちは、その犬が独自の特性を持っているためどちらの隣接犬とも統合されるべきではないと抗議しています。[41]
気質
ドイツ・スピッツは活発で、油断なく、飼い主に極めて愛着を持ち、訓練が容易です。FCIスタンダードは、臆病でも攻撃的でもなく、狩猟本能を一切持たないと付け加えています。頑丈で通常は非常に落ち着いているとよく描写されますが、同時にやや独立心旺盛で、見知らぬ人に対して少し疑い深いところもあります。飼い主と強い絆を形成し、子犬期から明確な指針を与えられないと少し嫉妬深くなることがあります。大型のタイプはしばしば非常に勇敢であり、見知らぬ人に対して強気であったり、他の犬に対して優位に立とうとしたりすることがあります。一方、最小のタイプであるポメラニアンは、自分より大きな犬に対して必ずしもより多くの敬意を示さない自信に満ちた犬です。[1][3][15][18]
本犬種は多くの異なる目的のために使用されてきましたが、伝統的には何よりもまず農場の番犬として使われてきました。そのため、鋭敏さや見知らぬ人に対する疑い深い態度は、その性格の不可欠な要素です。現代の繁殖により、あまりにも気が弱く、泥棒を陽気に歓迎してしまうような犬の数が増加しており、一部のブリーダーは狩猟本能を持つ個体の生産を始めていますが、その点においてそれらは犬種の非典型的な代表例です。ドイツ国外では、長年にわたりよりコンパニオンらしいタイプへとトレンドが向かっていました。この状況について、当時ドイツの犬種組織の繁殖査察官であったヴェルナー・イェーガーが1969年にはすでにコメントしており、外国の愛好家たちはドイツのグロスシュピッツやウルフスピッツが鋭敏すぎると感じているが、それは無視されるべきであり、気弱で、神経の弱い、あるいは「人格のない」犬は繁殖されるべきではないと述べていました。[11]
より大きなサイズや異なる毛色のほかに、ウルフスピッツはグロスシュピッツと比べて、よりコンパクトな体型と異なる被毛の点で異なります。前者は性格がより開放的である一方、より頑固で、より独立心が強く、よりシリアスです。後者はより鋭敏で短気ですが、同時に気に入られようとする意欲(イーガー・トゥ・リーズ)も高くなっています。[8][10]
本犬種の本来の目的は、見知らぬ人の接近を吠えて知らせることだったため、スピッツは馴染みのない物音、通りで見知らぬ人、そして怖がったときに大声で吠える傾向があります。この性質により、スピッツはキャンキャン吠える犬という悪評を獲得し、いくらか評判を落としていますが、正しくしつけられた犬であれば、命令されたときのみ吠えるように教えることができます。[15]ロシアおよびイタリアのソースは、本犬種が非常に知的で、愛情深く、熱心であり、優れた友でありコンパニオンであると描写しており、子供とうまくやり取りでき、他のいくつかの犬種とは異なり騒がしい環境によく適応すると指摘しています。また、より小さなvarietyは肥満しやすく、極めて容易に体重が増加するため、食餌には絶えず注意が必要であるとも警告しています。[15][38]
用途と活動
今日、ドイツ・スピッツは第一に人気の高い家庭犬であり、第二にあらゆる目的に対応できる有能な作業犬です。古くから伝統的に農場の犬として使われており、現在でも番犬としての優れた資質を持っています。[18]チェコ版は、本犬種が非常に気質が激しく、そのためあらゆるスポーツや犬のディシプリンに適していると描写しています。最小のツヴェルクシュピッツでさえアジリティの競技会で優勝したり、クラシックな服従訓練やドッグダンスに参加したりする一方、より大きなサイズは捜索救助活動やコーシングにも使用され、スピッツはこれらのすべてにおいて非常に成功しています。[40]しかし、スピッツは満足した生活を送るためにこれらの中のどれをも実際には必要としておらず、飼い主がすることなら何でも一緒に行うことが一番の幸せであるため、日常生活における単なるコンパニオンであっても全く同じようにうまくいくと付け加えています。対照的にリトアニア版は、スピッツはサーカスのパフォーマンスやドッグアジリティの競技会には参加しないと述べており、犬の知性における本犬種の順位を23番目にランク付けしています。
フランスのソースは、ドイツ・スピッツは一人で留守番をさせられることに容易に耐えるため、アパートでの生活によれに適していると指摘しており、ペルシャ版も同様にアパートでの生活を推奨しています。屋内で活動的であり、小さな庭でも十分である一方、毎日の散歩が必要であり、1マイルでも20マイルでも喜んで飼い主につきそうと付け加えています。イタリア版は、より小さなサイズは室内犬とみなされる一方、より大きなサイズは庭で完全にうまく生活できると考えています。[16][38]
手入れとグルーミング
豊かな被毛にはいくつかの定期的な作業が必要ですが、おそらく期待されるほどではありません。チェコ版は、被毛をセルフクリーニング式であると描写しています。ツヴェルクシュピッツ、クラインシュピッツ、ミッテルシュピッツ、グロスシュピッツ、ウルフスピッツはトリミングを一切必要とせず、定期的なコーミングのみが必要であり、それは換毛期の間により頻繁に行われなければなりませんが、いわゆるポメラニアンやキースホンドはトリミングや非常に入念で定期的な被毛の手入れを必要とします。FCIスタンダードは、スピッツのいかなるトリミングも目立たないものでなければならないと要求しています。[15][40]ブラジルのソースは、長い被毛にもかかわらず、犬種の手入れのしやすさが人気に貢献しており、定期的なブラッシングと毎月の入浴のみが必要であり、犬種特有のクリップ(刈り込み)はなく、マズルのひげと足の下の毛のみが整えられると述べています。多くのブリーダーは、体長と同じ高さのスクエアな犬こそが完璧なルルであると考えており、これが毛玉のような外観を与えるためであると付け加えています。[32][33]ペルシャ版は、被毛のフェルト化を防ぐために毎日のブラッシングを推奨し、子犬期からグルーミングに慣れさせるよう助言しています。一方、グルージア版は、本犬種の多くの犬が被毛をとかされることを嫌うこと、また本犬種は暑さに耐性がなく、寒さや都会の生活には容易に適応することを指摘しています。
健康
ドイツ・スピッツは一般的に健康状態が良好でバランスの取れた気質を持っており、飼育しやすい犬です。[15]チェコ版は平均寿命を13〜15年とし、本犬種の代表例は他の犬に比べて立派な年齢に達することがよくあると指摘しています。一方、ノルウェー版は10〜14年、グルジア版は12〜13年、西パンジャブ語版は11〜13年としています。同じチェコのソースは、これらの活動的な犬に他の犬よりも頻繁に影響を与える疾患を列挙しています。多くの小型犬種と同様に、クラインシュピッツとツヴェルクシュピッツは特に膝蓋骨脱臼になりやすいこと、肘関節形成不全は同様のタイプのもうひとつの不快な疾患であること、食物アレルギーを含む様々な形態のアレルギーにかかりやすいこと、目の病気が例外ではないこと、高齢になるにつれて歯石や歯肉の問題に苦しむ犬が多いこと、そしててんかんは比較的稀に発生することが挙げられています。[40]
股関節異形成のスクリーニングは、1981年9月の犬種クラブのバイエルンおよびケルン支部の提案を受けてドイツで導入されました。1983年の初めから、繁殖に使用されるすべてのグロスシュピッツおよびウルフスピッツはその股関節のX線撮影を受けなければなりませんでした。1983年4月までに132頭の犬が検査され、その結果に基づいてX線撮影された犬の33パーセントが中等度または重度の股関節異形成を有しており、もはや繁殖に使用することができないことが判明しました。[9]チェコ共和国では、犬が繁殖に認められる前に、ウルフスピッツとグロスシュピッツには股関節スコアリングが、その他のvarietyには膝蓋骨脱臼の検査が義務付けられています。[40]
保全状況と個体数
2003年、グロスシュピッツとミッテルシュピッツは、ジャーマン・ピンシャーとともに、ドイツ古来の絶滅危惧家畜品種保全協会(GEH)によって絶滅の危機に瀕している絶滅危惧家畜品種に指定され、グロスシュピッツは「極めて絶滅危惧」に分類されました。[24]年間登録される子犬が300頭未満の場合、犬種は絶滅危惧種に分類されます。残存するグロスシュピッツのほぼすべてが多かれ少なかれ互いに関連しており、ミッテルシュピッツも同様に危機的絶滅危惧種に分類されています。[9]2003年以来、スウェーデン・ケネル・クラブも同様に、グロスシュピッツとミッテルシュピッツを本犬種の祖国における危急種に指定された家畜遺伝資源として扱っています。[29]
一部のソースによれば、すべてのドイツ・スピッツが本来の姿で消滅する危険にさらされており、それぞれのvarietyがGEHレッドリストに掲載されています。本来のツヴェルクシュピッツは実際には完全にポメラニアンに置き換えられ、ウルフスピッツはキースホンドに置き換えられています。これは、外見のみに基づいて繁殖を支配する現代のショーのトレンドに起因しています。まずそれぞれのvarietyが、例えばより柔らかいお座敷犬の気質などに向けて変化し始め、その後犬種全体が平坦化し始めます。[12]ドイツにおける第二次世界大戦中および戦後の登録数は激しく変動しました。1938年には約1,000頭の子犬が登録され、1944年には約2,500頭が登録されました。1945年に約500頭にまで落ち込んだ後、1946年には約2,500頭に戻り、1947年には4,000頭にものぼりました。これらの高い数字には明確な理由がありました。なぜなら、スピッツの子犬は、食料と物々交換するために田舎へと旅行する都会の住民にとって求められている「通貨」であったからです。ジャガイモなどと引き換えに少なくとも6頭の子犬を連れて農場に押し寄せる都市住民のエピソードが残っています。物々交換のための繁殖は倫理的ではなく、雌犬は限界まで繁殖されました。1948年以降、ドイツ・スピッツは再びショーに出展されるようになり、その年は前例のない632頭のエントリーがあり、そのうち305頭は1948年4月にルール川のミュールハイムで行われた単一の単独専門ショーでのものでしたが、その後の年には年間約300頭しか出展されませんでした。[9]
最大級のvarietyの稀少性にもかかわらず、犬種全体としては依然として多数存在しています。2012/2013年の世界的な登録数の調査において、ドイツ・スピッツは世界で最も人気のある20犬種のひとつに挙げられました。[22]ブルガリア版は、スピッツがドイツ、オーストリア、オランダ、イギリスで極めて人気があると指摘しています。一方、ペルシャおよびグルジアのソースは、ドイツ・スピッツを原点である母国においてすら稀少であり、名声が低下しつつある犬種として描写しています。
オランダにおける法的な地位
オランダでは、雑種を含めたあらゆる犬種の短頭種の繁殖は、鼻の長さが頭部の長さの3分の1未満である場合、苦痛を伴う繁殖(Qualzucht)として原則的に禁止されています。オランダ農林自然食品品質省からの通達により、検査によるこの法律の施行が開始されることが発表され、短頭種気道症候群(BOAS)の可能性があるためすべての短頭種に特に焦点が当てられることになりました。[25][26]
文化の中の犬種
小型のvarietyは最もよく知られており、コンパニオン犬として大変高く評価されています。本犬種は上流階級や多くの著名人に寄り添ってきました。フランスのソースは、ドイツ・スピッツ、とりわけドワーフ・スピッツの飼い主として、ジョルジュ・クールトリーヌ、モーツァルト、ミケランジェロ、エミール・ゾラ、ロシアのカタリーナ2世、マリー・アントワネット、ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ、ヴィクトリア女王の名を挙げています。[16][17]ノルウェー版は、ポメラニアンを知らしめ人気にしたのはヴィクトリア女王であると称賛しており、ブラジルのソースも同様に、女王がコンパニオン犬種として飼っていたためにloulouが人気になったと指摘しています。[18][31]当初は白と黒のスピッツのみが知られており、オレンジの毛色は後に現れました。[17]
関連犬種
スピッツは何世紀にもわたってヨーロッパ全域で繁殖され、そこから世界の他の地域へと広がり、日本スピッツやアメリカン・エスキモ・ドッグなどの犬種を生み出しました。[23]ハンガリーのソースは、ヴォルピーノ・イタリアーノ、ユーラシア、エロ、フィンニッシュ・スピッツを関連犬種として挙げており、アルメニアおよびエストニアのソースは、ドイツ・スピッツをデンマーク・スピッツ、日本スピッツ、インディアン・スピッツ、フィンニッシュ・スピッツと並べて配置しています。[39]シンプル英語版は、スピッツ系の犬全般について触れながら、スイスから出土した約2,000年前の骨格からスピッツ系の犬が何千年も前から中央ヨーロッパに生息していたこと、そしてこれらの犬がドイツ・スピッツやスキッパーキなどのヨーロッパのスピッツタイプの祖先であることを指摘しています。また、絶滅したシルキー・スピッツ(Seidenspitz)は、ポメラニアンとマルチーズの混合に由来すると言われる長毛で絹のような被毛の白いvarietyであり、ボロネーゼ・スピッツやザイデンプーデルシュピッツも同様に絶滅したトイ犬種であると付け加えています。
各言語版の見解の相違 (12)
- ロシア語: ドイツ・スピッツは石器時代のピート・ドッグ(カニス・ファミリアリス・パルストリス・リュティマイヤー)およびその後の杭上住居スピッツの末裔であり、中央ヨーロッパにおける最古の犬種とみなされている。
- チェコ語: ドイツ・スピッツは中央ヨーロッパで最古の犬種であり、その祖先は石器時代のピート・ドッグおよびその後の杭上住居スピッツである。
- ドイツ語: スピッツ・ファミリーが先史時代のピート・ドッグに由来するという説は、今日では時代遅れとみなされている。
- スウェーデン語: 現代のDNA研究により、ドイツ・スピッツがピート・ドッグの直系の子孫であるという主張を裏付ける証拠はないことが示されている。
- ノルウェー語: 多くの人々は石器時代のピート・ドッグや新石器時代のスピッツに由来すると信じているが、これは正しくない。犬のタイプとしては古いものの、タイプと品種は別物である。
- フィンランド語: より詳細な研究により、現代のドイツ・スピッツとピート・ドッグの頭蓋骨と骨格はかなり異なっており、遺伝的特徴が十分に似ていないことが証明された。本犬種は厳密な意味での品種としてではなく、タイプとして古代のものにすぎない。
- 英語: インボックスでは40〜50 cm。本文には犬種標準によれば43〜55 cmであると記載されている。
- ドイツ語: 45 cm ± 5 cm。
- ロシア語: 40〜50 cm(大型スピッツ)、インボックスでは45 ± 5 cm。
- フランス語: 46 cm ± 4 cm(42〜50 cm)。
- ノルウェー語: 肩の高さで約42〜50 cm。
- 日本語: 約40〜41 cm。
- ブルガリア語: 大型:体高40〜46 cm。
- 英語: 30〜40 cm。
- ドイツ語: 35 cm ± 5 cm。
- フランス語: 34 cm ± 4 cm。
- チェコ語: 34 cm ± 4 cm。
- ノルウェー語: 約30〜38 cm。
- ポーランド語: 29〜35.5 cm。
- ブルガリア語: 29〜36 cm。
- 英語: 通常17〜18 kg。
- ポルトガル語: 15〜20 kg。
- ポーランド語: 15〜25 kg。
- ブルガリア語: 25〜28 kg。
- ペルシア語: 17.5〜18.5 kg。
- 英語: 本文:通常3〜5 kg。インボックス:8〜10 kg。
- 日本語: 4〜6 kg。
- ポルトガル語: 5〜10 kg。
- ポーランド語: 3.1 kg。
- エストニア語: 約4〜5 kg。
- フィンランド語: ドイツ・スピッツ協会は1899年にウィーンのチャールズ・カマラーの発起により設立された。
- スウェーデン語: 最初の犬種クラブは1899年に設立された。
- ノルウェー語: 最初の犬種クラブは1935年にフランスで形成された。犬種標準は1990年のもの。
- フィンランド語: ポメラニアンをスタンダードに含めるために1974年にツヴェルクシュピッツの名称が復活し、キースホンドは1994年にウルフスピッツのスタンダードに組み込まれた。
- スウェーデン語: 1997年の犬種標準の改訂時に、ポメラニアンとキースホンドがドイツ・スピッツに組み込まれた。
- 英語: サイズと毛色に基づく5つの明確なvariety。
- 日本語: 6つのサイズタイプがあり、クライン・シュピッツとツヴェルク・シュピッツ(現在はポメラニアンと呼ばれる)の間にジャーマン・トイ・シュピッツが位置する。FCIはトイ・シュピッツを除外して5つを公認している。
- 英語: 最初の言及は西暦1450年にさかのぼる。
- フィンランド語: 「Spitz」という言葉は1450年頃のエーベルハルト・フォン・ザイン伯爵の家庭規則に最初に登場する。
- ジョージア語: ドイツ・スピッツに似た犬が1540年のドイツ文学で言及されている。
- 日本語: 犬種名「スピッツ」は15世紀頃に与えられた。
- 英語: 1750年にエーベルハルト・ツ・ザイレ・ビュフォン伯爵がその『四足動物の国民史』の中で、スピッツ犬が当時のすべてのドイツの犬種の祖先であったと書いた。
- マレー語: 1750年にグラフ・エーベルハルト・ツ・ザイレ・ビュフォンが『四足動物の自然史』の中で、スピッツ犬がすべてのドイツの犬種の祖先であったと書いた。
- フィンランド語: 「Spitz」という言葉は1450年頃のエーベルハルト・フォン・ザイン伯爵の家規に登場し、一方ビュフォンは1772年に「ウルフ・ドッグ」(chien loup)について記述した。
- チェコ語: ドイツ・スピッツは非常に気質が激しく、あらゆるスポーツに適している。ツヴェルクシュピッツでさえアジリティの競技会で優勝し、大型サイズは捜索救助やコーシングを非常に成功裏に行う。
- リトアニア語: スピッツはサーカスのパフォーマンスやドッグアジリティの競技会には参加しない。
- 英語: FCIスタンダード第97号:Deutsche Spitze、2019年11月12日。
- ロシア語: FCI公認年は1957年。
- ポルトガル語: スタンダード第97号、1998年3月5日。
- ノルウェー語: 犬種標準は1990年のもの。
- イタリア語: スタンダード番号97、2024年9月3日付。
- フランス語: FCIスタンダード第97号、2013年1月17日。
- ハンガリー語: 1998年に発行されたスタンダード。
情報源 (29 言語版Wikipedia)
フィンランド語版は群を抜いて最も情報が豊富であり、プレウセンシュピッツのアーカイブから引き出された詳細な犬種の歴史(スピッツの語源と古い名称、シュトゥーダー/リュティマイヤーのピート・ドッグ論争、ドイツの犬種クラブの設立と統合、1902年から2019年にかけてのサイズおよび毛色のvarietyの段階的な創出、登録統計、ならびにオーストリア、スイス、イギリス、アメリカ合衆国、フランス、日本における個別の歴史)を追加している。フランス語、ノルウェー語、スウェーデン語の各版は、国内の登録日、コルネリス・デ・ギセラールにちなんだキースホンドの命名、有名な飼い主、世界的な人気のデータを提供している。ロシア語、イタリア語、チェコ語、リトアニア語の各版は、コンフォメーションの詳細、欠点、健康問題、寿命、チェコの繁殖要件、クラブの歴史を追加している。ドイツ語版のみがオランダの短頭種繁殖禁止を取り上げており、日本語版のみが6番目の「トイ・スピッツ」のvarietyと分類に関する論争を扱っている。
2026年9月22日 に閲覧したリビジョンに基づく、以下のWikipediaの記事から組み立てられています。これらを合わせて 141 件の参考文献が含まれており、英語版の記事単体では 5 件です。
| 言語版 | 記事 | リビジョン | サイズ | 参考文献 |
|---|---|---|---|---|
| 英語 | German Spitz | 1367880019 | 8.9 KB | 5 |
| フィンランド語 | Saksanpystykorva | 23973251 | 43.7 KB | 67 |
| マレー語 | Spits Jerman | 6922646 | 11.3 KB | 6 |
| ロシア語 | Немецкий шпиц | 152465194 | 9.4 KB | 5 |
| フランス語 | Spitz allemand | 230153936 | 9.1 KB | 10 |
| 中国語 | 德國尖嘴犬 | 92576885 | 8.7 KB | 5 |
| ノルウェー語 | Tysk spitz | 24758710 | 8.6 KB | 7 |
| 日本語 | ジャーマン・スピッツ | 108695195 | 7.8 KB | 0 |
| スウェーデン語 | Tysk spets | 59520630 | 7.3 KB | 2 |
| チェコ語 | Německý špic | 25383205 | 7.2 KB | 1 |
| ドイツ語 | Deutsche Spitze | 270075000 | 6.9 KB | 5 |
| ペルシア語 | اشپیتز آلمانی | 44076768 | 6.7 KB | 0 |
| アルメニア語 | Գերմանական շպից | 10837250 | 6.6 KB | 5 |
| ポルトガル語 | Spitz alemão | 66940318 | 6.4 KB | 6 |
| ジョージア語 | გერმანული შპიცი | 4569352 | 5.5 KB | 0 |
| ブルガリア語 | Немски шпиц | 12700529 | 4.4 KB | 0 |
| イタリア語 | Spitz tedesco | 148895655 | 4.3 KB | 2 |
| リトアニア語 | Vokiečių špicas | 7679533 | 4.1 KB | 0 |
| セルビア語 | Nemački špic | 31164210 | 3.9 KB | 4 |
| ポーランド語 | Szpic niemiecki | 79826031 | 3.8 KB | 3 |
| アラビア語 | إسبتز الألمانية | 74334939 | 3.5 KB | 5 |
| simple | Spitz (dog) | 9051761 | 3.3 KB | 0 |
| ハンガリー語 | Német spicc | 28502497 | 2.9 KB | 2 |
| 韓国語 | 독일 스피츠 | 39281838 | 2.6 KB | 0 |
| エストニア語 | Saksa spits | 5820189 | 2.0 KB | 0 |
| ラフンダー語 | جرمن سپتز | 702019 | 1.8 KB | 0 |
| スロバキア語 | Nemecký špic | 8312231 | 1.7 KB | 0 |
| モクシャ語 | Оржа пиле | 59674 | 1.1 KB | 1 |
| エジプト・アラビア語 | جيرمان سپيتز | 13102875 | 0.5 KB | 0 |
脚注
- FCI-Standard No 97: Deutsche Spitze, Fédération Cynologique Internationale, 12 November 2019
- FCI-Standard Nr. 97 Deutsche Spitze (German-language version), Fédération Cynologique Internationale, Thuin, 12 November 2019
- Standard FCI N°97 (French-language version), Fédération Cynologique Internationale, 17 January 2013
- Fogle, Bruce. The Encyclopedia of the Dog. New York: DK Publishing, 2009, pp. 118–135
- Morris, Desmond. Dogs: The Ultimate Dictionary of Over 1,000 Dog Breeds. North Pomfret, VT: Trafalgar Square Publishing, 2001, pp. 428–439, 521–523, 525–526
- Wilcox, Bonnie; Walkowicz, Chris. Atlas of Dog Breeds of the World. Neptune City, N.J.: TFH Publications, 1995, pp. 436–438
- Alderton, David. The Encyclopedia of Dogs. Bath: Parragon Books Ltd, 2008, pp. 116, 130, 345
- History of the German Spitz: From antiquity to the 19th century. Preußenspitz – all about the German Spitz breed
- The history of the German Spitz from the 20th century: Milestones from 1900 to the present. Preußenspitz – all about the German Spitz breed
- The Giant Spitz: A breed portrait. Preußenspitz – all about the German Spitz breed
- R.I.P. Giant Spitz! About the disappearance of an ancient breed of dog. Preußenspitz – all about the German Spitz breed
- The "Keeshond" case – About the replacement of the German Spitz by his foreign cousins. Preußenspitz – all about the German Spitz breed
- The German Spitz is German. Preußenspitz – all about the German Spitz breed
- Rekisteröinnit 2020–2024. KoiraNet breeding database, Finnish Kennel Club (Suomen Kennelliitto), accessed 4 January 2025
- НКП Немецкий шпиц (National Breed Club for the German Spitz), breed standard page, nkp-spitz.org
- Spitz – Description. Société centrale canine, accessed 16 November 2013
- Historique et origine du Spitz Allemand. Club Français du Spitz Allemand et Italien, accessed 16 November 2013
- Adlercreutz, Carl-Johan. Teknologisk forlags store hundeleksikon. Oslo: Teknologisk forlag, 1998
- Bailey, Gwen. Velg rett hund for deg. Oslo: Orion, 2004
- Parker, Heidi G. et al. "Genetic Structure of the Purebred Domestic Dog". Science, vol. 304, no. 5674, 21 May 2004, pp. 1160–1164
- Ostrander, Elaine A. "Genetics and the Shape of Dogs". American Scientist, September–October 2007
- Registration figures worldwide – from top thirty to endangered breeds. Fédération Cynologique Internationale, republished by dogwellnet.com
- Zimen, Erik. Der Hund – Abstammung, Verhalten, Mensch und Hund. Munich: Goldmann, 1992, pp. 145 f.
- Groß- und Mittelspitz. Rassebeschreibungen, Gesellschaft zur Erhaltung alter und gefährdeter Haustierrassen (GEH e.V.), 2021
- Letter from Minister Schouten on dog breeding (Hondenfokkerij), Dutch Ministry of Agriculture, Nature and Food Quality
- Report on the Dutch ban on breeding short-nosed dogs, Süddeutsche Zeitung
- Die Deutschen Spitze. Verein für Deutsche Spitze
- Rasselexikon: Großspitz, Mittelspitz, Kleinspitz. Verband für das Deutsche Hundewesen (VDH)
- Rasspecifik Avelsstrategi (RAS) för tysk spets. Svenska Klubben för Tyska Spetsar / Svenska Kennelklubben
- Willes, Renée. All världens hundraser. Bromma, 2003
- Fogle, Bruce. Cães. 1st ed., Brazil: Jorge Hazar, 2009
- Padrão oficial da raça Spitz alemão (e suas variedades). Confederação Brasileira de Cinofilia / FCI
- "Spitz alemão: uma bola de pêlos". UOL in partnership with Cães & Companhia
- Palmer, Joan. Psy rasowe; 235 ras. Warsaw: Agencja Elipsa, 1995, pp. 34–35
- Cunliffe, Juliette. The Encyclopedia of Dog Breeds. Parragon, 1999, p. 262
- Fournier, Alain. Ilustrowana encyklopedia psów rasowych. Warsaw: Carta Blanca / Grupa Wydawnicza PWN, 2012, p. 187
- Hall, Derek. Cani: Guida illustrata a tutte le razze. Novara: De Agostini, 2008, pp. 226–227
- Scheda Razza Completa dello Spitz. allevamentirazze.it
- Dér Andrea. "Spitzek minden méretben". A kutya magazin, vol. LXXII, March 2009
- Standard plemene 97 (breed standard) and breed information, Českomoravská kynologická unie (ČMKU)
- Morris, Desmond. デズモンド・モリスの犬種事典 (Japanese edition, trans. Fukuyama Hideya and Ōki Taku). Seibundo Shinkosha, 2007
- "Немецкий шпиц" (German Spitz), okdoctor.ru, 22 September 2021
- Subirana, Josep Cuello. Mój przyjaciel pies, mój najwierniejszy towarzysz. Warsaw: Bellona, 1998, p. 129
